活動

コスタリカの国連平和大学図書室に「Barefoot Gen」を寄贈いただいた沖本直子さん(左)と同大学の図書館長  Katia  Moraga-Veraさん

   はだしのゲンをひろめる会HPのお問合せフォームを介して、コスタリカの国連平和大学に『はだしのゲン英語版(Barefoot Gen)全10巻』を寄贈したいと連絡いただいた沖本直子さん(広島出身)の協力を得て、8月24日に、国連平和大学(UN University for Peace)のHead LibrarianであるKatia  Moraga-Veraさんに『Barefoot Gen』をお渡ししました。今後、同大学の図書館に置かれ、閲覧されます。

 

 

初日(8月2日)、オープニングセレモニーで挨拶する西本多美子さん(石川県原爆被災者友の会会長)

 

昨年に引き続き、友禅作家の志田弘子さんのタペストリー11点も展示しました。

平和のパネル展に寄せる想い

2018年  夏  平和パネル展に寄せて  志田弘子

友禅染を生業として、45年余りになります。

子育て時代、子ども達が寝静まった夜更け、そーっと、童子に目鼻を描きました。独学で失敗ばかりの多い中、ほんの1人,・・命を吹き込むことのできたような瞳に出会えた時、自分の子ども達と重ね合わせて、同じくあどけない多くの子ども達のことを想わずにはいられませんでした。

加賀友禅では着物の制作が中心で、染額はあまり作ってはいなかった10年あまり前、イラク戦争で瓦礫の下敷きとなった子ども達の映画を観ました。

やりきれない怒りで、鳥になってさまよう小さな子ども達を染めずにはいられませんでした。

原発への不安に、いたたまれず、子ども達の手を引いて団結小屋に通ったその昔・・。小さかった娘が母になった時、染めずにはいられなかった子を抱く母、その喜びと愛おしさ・・”同じ気持ちです“と立ち止まる方に出会えた頃から、いのちや平和への想いを染め続けたい・・という気持ちは抑え難くなってゆきました。

東日本大震災・・・

国策として、口を封じ、安全と思い込まされてきた原発の信じられない脆さ・・。

豊かな恵みに満ち溢れた地の、生きとし生けるもののかけがえのない日々は、多くのいのちと共に、あまりにもたやすく奪い取られてしまいました。

“国は守ってくれないんだ・・私達は捨てられたのだ・・”

福島からのその言葉は、荒れ果てた故郷に立ち尽くす人達の・・

子を守る母達の・・外で遊べぬ子ども達の・・離れ離れの家族達の・・

いたるところで踏みつけにされた人達の、深い呻きの言葉でした。

喜びや哀しみや怒りや・・その時々の心を染めずにはいられませんでした。

脇道でいい・・創り続けていられるだけでいい・・と、大きなところから離れて、出来ることを探して・・と決めた不器用者でしたが

“ついているよ”・・と支えてくれる仲間たちや、心配してくれる心温かな人達にいっぱい出会えました。

歌や音楽や詩や・・・想いを表現し、いのちや平和を求める人たちにいっぱい出会えました。

能登の自然を子どもたちに・・と願う母達、つなぎあうおんな達にいっぱい出会えました。

自分の想いを口にできなかった臆病ものが、

口にしていいんだ・・と思うようになり、

口に出さなければいけないんだ・・と変わってゆきました。

戦争も核も、子ども達のいのちを脅かすものは、決して許してはならない・・

“決して再び繰りかえしません”・・誓いの言葉もないかのごとくに

まさか・と思う足音が、だんだん、だんだん、大きくなる今、

先をも見ずに、突っ走るこの国は、弱いものも小さいものも踏みつけにして目も耳もふさいだままに、いったい何を追いかけるのだろう・・。

子ども達にいったい何を残し、背負わせるのだろう・・。

いたたまれない思いに苛まれます。

私達が贈れるものは、いのちの未来につなげる希望・・

幸せを求めて生まれてくる子ども達 

かけがえのない命を育み、大地の上に立たせてくれる、真に豊かなものを手渡してゆきたい・・。

それぞれの場所で、それぞれが出来ることで、いのちの方向を見つめながら、声をあげたい・・。

あきらめずに、それぞれが願い続けて行くことこそが、子ども達、そのまた子ども達の希望が続いてゆくこと・そのものなのだ・・と。

どんなに小さな声でもいい・・。どんなに小さな想いでもいい・・。

つながり合えば大きくなれる・・と。                       

 

 

今年のパネル展では<読書コーナー>を設けて、「はだしのゲン」「この世界の片隅に」などの漫画本や絵本も持ち寄りました。

 

 はだしのゲンをひろめる会も参加している反核・平和おりづる市民のつどい実行委員会が今年も8月2日から16日まで、石川県庁19階展望ロビーで「平和のパネル展」を開催しました。今年の展示作品は、日本原水爆被害者団体協議会制作の「原爆と人間」パネル30点、友禅作家の志田弘子さんの友禅染絵11点です。

 展示会場に備えてあった「感想ノート」に記載された寄せ書きを以下に紹介します。

2018年 平和のパネル展 感想ノート

    日 時  2018年8月2日(木)~8月16日(木)

    会 場  石川県庁19階展望ロビー

    主 催  反核・平和おりづる市民のつどい実行委員会

    事務局  石川県生活協同組合連合会

 

8月2日(木)

〇いつもの写真と追加されたものと、あらためて貴重な歴史を知り、そして反核・平和の想いを強めるひと時になっています、なりました。志田作品もあらためてしみじみ味わいながら鑑賞しました。明日(3日)のどいね原発300回目も、がんばります。

8月3日(金)

〇代筆、あすから広島へ行きます。8月5日、原爆供養塔のところで祈ります。30何年続けていることです。その前に来ました。

〇原ばくもこわいけれど黒い雨も、その雨にあたると髪の毛がぬけたり、病気になったりして死んだ人もいるので、黒い雨もこわいと思いました。(小学4年)

〇熱線や爆風などでいろんなものが死んでしまってこわいと思いました。

〇福島の事故で一時は国全体が廃炉の方向に向かったかと思われましたが、福島がまだ事故の解決も見えていない状態で、首相は海外へ「原発は安全です」と、何の根拠も説得力も無い売り込みを続けている。誰にもどうしようも出来ない、怒りがこみあげます。

〇デイサービス「シェア金沢」から利用者10名がヘルパーさんのご好意で「折り鶴」を出された中島外次さんの展示を見学させてもらいに来ました。係の方の平和への熱い想い、願いの説明を耳にしながら語り継ぎいかなければならない責任を厚く感じました。有難うございました。感謝です。

8月4日(土)

〇見せていただきました。すみませんが「沖縄スパイ戦史」のチラシ置かせてもらいましたが、そぐわなければ撤去してください。(水口)

8月6日(月)

〇毎年、見ています。原爆と人の死を考えられないのですかね? 人が1名亡くなってもツライのに沢山の人が亡くなり地獄ですよ。

〇初めてみた写真もあった、写真に負けないよう応援します。

8月7日(火)

〇祖父母からよく戦時中の話をききました。聞くのはとても嫌でしたが、そういったことを伝えていくことは大事なことだと子供心に思いました。今日のパネルを見て、祖父母のことを思い出しました。

〇8月6日、9日は忘れてはならない日。毎年ここに来て自分の生きていることをふり返る。写真展は毎回、同じ様子・姿を見ても胸が痛みます。あってはならないこと、自然の災害ではない。人が人を殺すことはあってはならない。命の大切さを今日も学びました。

8月8日(水)

〇昨日テレビのニュースで知り見に来ました。何と悲しい悲しいパネルです。涙が出ました。原発もなくなれば良いと思いました。祈るだけです。(73歳)

〇私は毎年ヒロシマ・ナガサキの写真展を身に来ています。初めてきた時は思わず涙が出ました。子供と女性がかわいそうでなりません。来年も見に来ます。

〇つるのおりかたはかんたん。つるのおりかたできた。

8月10日(金)

〇子供の頃に色々な写真をみて、ショックだったことを思い出しました。とても悲しくて辛いできごとです。二度とこんなことにならないよう幸せでありたいと願うばかりです。(母、47歳)

〇つみがないのに死んでしまった人たちがいて、かわいそうだと思った。(小学6年)

〇げんばくはおそろしいなと思った。もうそんなことはやめてほしいな。平わになったらそんなに人は死なないから・・・。

8月11日(土・休日)

〇ゆっくり見ています。志田さんの作品、実に手の込んだ作品ばかり。そして手元がぶれてない、平和への迷いがない作品なのですね。(岩原茂明)

〇生々しく亡くなった方の写真を見て正直、うわった思ったし、見れなかった。今の時代は本当に恵まれていると思った。世界で戦争などなくなればいいのに・・・。(21歳)

8月13日(月)

〇何度見ても胸がつまりますね。年々年を重ねていくと・・・。広島・長崎のこの悲惨な思いや次世代にもしっかりと届きますように・・・。

〇学童がお休みなので小学生12名、年中さん1名連れて見に来ました。原爆パネルははじめて見た子どもたち。「こわかった」と言っていましたが、大切にしたい気持ちだと思います。(母45歳)

8月15日(水)

〇話は聞いてまいりましたが・・・涙が止まらず・・・。弟を背負っていた少年は現在80代・・・。8月6日この日が来る度、涙どころではないでしょう。日本の隅っこからですが、祈、祈、平和を。

〇7月4日に広島のNHKの番組の鑑賞にあたり行ってまいりました。折り鶴をたくさん見てきました。平和をもっともっと願うようになりました。いのちのうた、すてきな歌もきいてきました。(58歳)

〇昨年、西本多美子さんのお話をお聞きしました。平和の大切さ、戦争の恐ろしさ・・・伝えていきたいです。

8月16日(木)

〇平和のつどい〝不戦のつどい〟を終えたことで、何かホッとして、今日、雨が強かったですが、出かけて来ました。実行委員の皆様、ごくろうさまです。不戦を学ぶのは夏だけではないのだが・・・と思いながら、TVでこの時期に集中しているドキュメンタリー番組をできるだけ観るようにしています。

「ノモンハン事件の責任は?」

「満州開拓団の女性の悲劇」

が直近で記憶に新しいです。

 ノモンハン事件については、初めて知りました。責任ある立場の人間が誰も責任をとらない戦争。今のアベがそのとおりですね!情勢読みの甘さといい・・・日本人の特質かしら???と悲しくなります。日本人は武士道の潔さを美としているのではないの?

 また、直接「ソ連の交戦せよ!」とあおり立てた辻政信が石川県出身者で、責任を取らされることなく生き延びた。その息子が言った言葉も腹立たしいものでした。「父は少佐だった。まだ上に中佐とか大佐とかいるのでしょ、父にはそんな責任はないよ」とアッケラカンと。

 すみません、長々と書いてしまいました。岩原さん、きのうもお疲れさまでした。

 志田さんの作品、実物はこんなに大きかったんだ。迫力! (能沢栄)

〇暑い中、ご苦労様です。非核・平和の道を共に歩みたいと思います。(金沢市議会 森一敏)

 

(注)「平和のパネル展」は来年(2019年)も8月2日~16日、石川県庁19階展望ロビーで開催します。

 

【原水爆禁止2018年世界大会・国際会議 参加報告】

核兵器禁止条約の早期発効へ 私たちができることを

NPO法人はだしのゲンをひろめる会

副理事長  江守道子                           

 8月2日から3日にかけ、例年広島で開催されている国際会議に今年で3年連続の参加になりました。会議は、アイルランドやオーストラリアの政府機関代表はじめ、世界や国内の平和団体代表や個人など、23カ国約200名の参加者で構成されていました。

フランスの出席者らと記念撮影する筆者㊨

 

 冒頭、世界大会実行委員長の野口邦和氏が主催者挨拶で「私達の運動が、1年前の歴史的な核兵器禁止条約採択となり、条約の発効と朝鮮半島の非核化の実現に向け各国の世論と運動をどのように前進させるか?また安倍政権に対し〝核の傘〟依存の見直しと条約への署名と批准を粘り強く迫ろう」と訴えました。

 被爆者代表で日本被団協事務局次長の大下克典氏は、条約不参加の日本政府に対し「唯一の戦争被爆国として率先して批准すべきで、核の傘を理由に反対するとは何たることか?」と批判。条約の早期発効を訴えるヒバクシャ国際署名にも触れ、「国内外により多くの署名を集めよう」と呼びかけました。両氏共に、大会テーマ「核兵器のない平和で公正な世界のために」私たち一人ひとりができることを実践しようと語りかけているのが印象的でした。

 第一セッション「広島・長崎の原爆被害・核兵器の非人間性、ヒバクシャのたたかい」では、4人の発言者がそれぞれの立場から原爆当時の被害の大きさや、その後も継続する放射線被害との闘い、そして今なおその傷を背負って生きている実相を語ってくれました。私は、韓国人の原爆被害による死者が6万人に及ぶと初めて知り、当時の日本の植民地政策で、300万人もの人々が日本で強制労働をさせられた実態も知り、改めて戦争の悲惨さに言葉を失いました。

国際会議全体会で発言する江守道子さん

 

 第二セッションでは5人の発言者がありました。最初にアメリカ平和・軍縮・共通安全保障キャンペーン議長で、この会議の常連ジョセフ・ガーソン氏が「アメリカ人として原爆投下が、それ自体、世界法廷の基準に照らしても人道に対する犯罪であることを認めたい」。そして「トルーマンの原爆投下は、究極的には原爆を手に入れ、ロシアより優位に立ちたいという思いからなのです」と・・・・、また、現在のトランプ政権に関し、混乱迷走し、再び東西冷戦時代に逆戻りしている危険な時代であり、議員やマスコミを通し核兵器廃絶を多くの活動家や市民と共同で活動している報告が印象的でした。

 翌日の第三セッションのテーマは「核兵器廃絶と諸分野の運動との連帯」。発言者の一人でロシア、フィンランド港南岸公共評議会/映画監督のオレグ・ボドロフ氏は「私は長年ロシアとNATOが対立するバルト海沿岸に住んでいますが、そこは地球上で最大級の核の集積地で、10基の軍用・民間原子炉が建設され、今も新たに3基が建設中。長崎に投下された原爆3,000発分のプルトニウムを含む5,000トンの使用済み核燃料。さらに。30基以上の原発用原子炉があり、今も4基が建設中。ロシア外務省は〝核兵器禁止は、ロシアの国益に反する〟と公言。氏は、これに対しNATO加盟国とロシア指導者、議員に対しバルト海地方での敵対と軍事化中止を呼びかける署名運動を開始。そして代わりにエコシステム保全計画の資金集めを呼びかけ、バルト諸国やイギリス、フランス、アメリカのNGO代表110人が署名してくれたそうです。最後に「友人の皆さん、私たちは共通の家に住んでいるのです。地球です!私たちは共に子供を育て、健全な環境を必要としています。」と結び、私たちの今後の核兵器廃絶・平和運動への取組みの原点であると再認識しました。

< 追記 >

 私の役割は、漫画『はだしのゲン』を世界中に広めるため、会を代表し英語でスピーチ。世界中の人々、とりわけ若い世代に戦争の悲惨さ、愚かさを知ってもらうため、学校や図書館へ寄贈の働きかけです。今年の国際会議ではフランス、アメリカ、フィリピンからの海外代表5人から『はだしのゲン』(英語版)8セットの申し込みがありました。

 

 NPO法人はだしのゲンをひろめる会第6回総会を5月13日、金沢市近江町交流プラザで開催しました。

 最初に浅妻理事長から昨年の第5回総会で定款の一部改正(副理事長を1人から若干名に変更)をおこない、本年4月22日の理事会で末友雅子理事を副理事長に補充選任した報告がありました。

 今年の総会に提案・承認された2017年度事業報告及び2018年度事業計画を紹介します。

・2017年度事業報告(PDF:233KB)

・2018年度事業計画(PDF:190KB)

2018年4月吉日

 会員各位

特定非営利活動法人 はだしのゲンをひろめる会第6回総会 ご案内

特定非営利活動法人 はだしのゲンをひろめる会

理事長  浅妻南海江

 陽春の候、皆様にはお変わりなくお過ごしのこととお喜び申し上げます。

 さてNPO 法人はだしのゲンをひろめる会が活動を始めて6回目の春が巡って参りました。この5年間、試行錯誤の中から多くを学び、実績を積むことによって、細かった活動の幹は徐々に太くなり、枝葉を延ばしてようやく平和運動の大地に根付いてきたことを実感する昨今です。

 米、北朝鮮の険悪な関係によって、一時核戦争が現実味をおびたことは、核抑止力の理論が人類にとって如何に危ういものであるかを物語っています。

 今後も、核兵器へ警鐘を鳴らし、平和を願う少年ゲンの一層の活躍を願い、皆様と共に活動を続けて参りたいと思います。

 万障お繰り合わせのうえご出席いただければ幸甚に存じます。

 日 時  2018年5月13日(日)10:00~11:30 

 場 所  金沢市近江町交流プラザ4階研修室1

 第1部     総会記念企画 

      DVD上映「かあさんと呼びたいー原爆孤児を支えた心の里親運動」(30分)

       (読売テレビ制作 NNNドキュメント 2016年4月18日放送)

 第2部  総会審議事項                             

     ①2017年度事業報告及び2017年度活動計算書

     ②2018年度事業計画案及び2018年度活動予算案

 

 2017年7月に本会から中国大陸の大学関係者20人に「はだしのゲン」英語版14セット、日本語版22セットを寄贈しました。このほど大連外国語大学日本語科の学生から「はだしのゲン」読後感想文(2通)が中国語版翻訳者の坂東弘美さん方に届きました。同大学の担当教員及び当該学生の了解を得ましたので本会ホームページに紹介します。

 

 『はだしのゲン(日本語版)』を読んで            

 2017.12.大連外国語大学日本語学部学生より

◎私はこの本を二回読みました。とても長いので一気に読むことはできず何回かに分けて読みました。この本は本当にとても素晴らしいです。

 迫真に描き出された物語には、とても引き込まれ、またその絵柄は素朴で親しみやすいです。読みながら、ある種の不思議な衝動が私の中に沸き起こりました。

 小さい頃、祖父の家に暮らしていた私が見るものはすべて、(今日では)「抗日神劇」(と揶揄される荒唐無稽な)TVドラマでした。日本鬼子がどんなに(残虐に)村を焼き、人を殺し、抗日戦士に酷い仕打ちをしたかとということばかりを毎日毎日、目にしていたのです。

 小学校から大学まで教科書には日本の悪い論評しか書かれていませんでした。日本の庶民の立場からの記述というのは故意に無視されていたのです。

 戦争が嫌いなのは世界中の誰もが同じはずです。但し、幼少時から大人になるまで、私の世界観の中で、日本国民もまたそうであるということは考えたこともなかったのです。

 この漫画は私に新しい物の見方を提供してくれました。私の世界観を刷新し、より客観的な目で戦争と向き合わせてくれるものです。

 私自身は戦争を題材にした本が嫌いではありません。なぜなら、読み終わった後で、多くは心が奮え、熟考させられ、深い思いに引き込まれるからです。

 一旦戦争が起きれば、この本に書いてあることは遠い昔のフィクションではなく、一瞬で現実になり、それをこの本は警告しているのです。

 かつて体験したことが無いため、戦争のもたらす報いに対して私たちは感覚が麻痺している所があります。

 ですから、日本人の危機意識に学び、戦争への警戒を常に怠らないようにすべきです。戦争をより正しく理解してこそ、より強く反戦の立場に立てるのです。この漫画の著者には、大きな大きな賛辞を送りたいです。

 

◎これは私が初めて読んだ、そして、私にとって特別な意義を持つ本となりました。以前はただ日本の原子爆弾の事件は、歴史の教材の中の一部分にすぎず、単なる文字であり、さしたる感情はありませんでした。

 私は漫画の魅力は、ひとコマひとコマの描写を通して、小さな紙の中により生き生きとした形象を表現できることだと思います。

 原爆投下はとても悲痛ではありますが、目を背けてはならない題材です。時間の問題があって、私はただ漫画の前半部分だけ見たのですが、主役のお父さんは平和を求めて戦争に反対し、投獄されました。そのため彼の子供達も学校で虐められ先生からも侮辱を受けました。隣近所の人々にも散々なことを言われました。

 しかしこのような環境下で、子供達は毅然としてお父さんの理念を貫きます。――戦争に反対し、平和を訴えたのです。

 私はこれも作者が読者に一途に伝えたいことだと思いました。またまわりから孤立して、米さえ手に入れられない状況の中で、まるで砂漠の中で一滴の水を送るように、朝鮮人は彼らに米を分け与えました。

 苦難に満ちた暮らしの中で、変わらず支えてくれ、信じてくれる人がいるということを。まさにこのことだけでも生きていく力がわいてくるものです。そう思いませんか?

 この世界には友好が足りないのかもしれません。しかし、少なくとも私たちの心の中には優しさがあります。そして、正しい事を成すのであれば、何を恐れることがあるでしょう。

 それになにより、私は一人ぼっちではなく、この道には平和を支えようとし、正義を信じる多くの人々がおり、彼らと共に歩むことができるのですから。

 

ICANおめでとうアクションに参加した皆さん(12月10日、近江町市場前)

マイクで「ヒバクシャ国際署名」を呼びかける西本多美子さん(石川県原爆被災者友の会会長)

 

ICANノーベル平和賞受賞記念 

「おめでとうアクションin金沢」の報告

 2017年12月10日。ICANのノーベル平和賞授賞式の朝は、冬の金沢に は珍しく、青く澄み切った空が広がりました。あの時黒い涙を流し た空も、ICANの受賞を祝福してくれたのかもしれません。

 石川県原爆被災者友の会など、県内7団体で構成する「反核・平和お りづる市民のつどい実行委員会」は、この日午前10時半から近江町市場前で、ICANノーベル平和賞受賞記念「おめでとうアクション in金沢」を行いました。核廃絶運動が次世代に受け継がれているこ とを象徴するかのように、被爆者や二世、大人から子どもまで幅広 い世代約30人が集いました。

 「おめでとうマイクリレー」では、この企画の発起人である核戦争 を防止する石川医師の会代表世話人の白崎良明さんや石川県原爆被 災者友の会会長の西本多美子さんら7人が、ICANの紹介や被ばくの 実相、ヒバクシャ国際署名への協力を訴えました。そして、「ノーベル平和賞受賞者はICANだけではありません。被ば く者の皆さん、そして、こういった活動を進めてきた皆さんも受賞 者です。皆さん、おめでとう!」と伝えると、参加した子どもたち は「俺らも受賞者なん?!やったー!」と大喜び。私たちの喜びが 伝染したかのように、街ゆく人にも笑顔が溢れていました。

 この日のために準備した「おめでとうグッズ」(メッセージ付きポ ケットティッシュやICAN発行のブックレットなど)300個は子どもたちの活躍で瞬く間になくなり、集約したヒバクシャ国際署名は104筆、 募金6,500円。約一時間の行動は、名残惜しく終了しました。

 さあ、皆さん。ICANは既に、すべての国に核兵器禁止条約への署名・批准を促すための新しいキャンペーンを開始しています。私たちもICANのCampaigner(運動家)になり、核のない未来に向かって歩み をさらに進めましょう!DVD「この空を見上げて~石川・被爆者たちの証言~」とヒバクシャ国際署名を携えて。

  
 最後に、「おめでとうアクション」を前に行った記者会見(10月8日、 反核・平和おりづる市民のつどい実行委員会主催)で西本多美子さん が話された内容(要旨)を紹介して報告を終えます。

〇  ICANは世界中の草の根で活動する若い人たちの団体。ICANの受 賞は被爆者の運動が次世代に引き継がれたことを意味する。本当は授賞式のあるノルウェー・オスロに行きたかったが、体がついていかなかったのが残念でならない。

〇  高齢の被爆者に残された時間は少ない。将来をになう若い人たちとともに、核兵器を全てなくすために、被ばくの実相を伝え続けていきたい。

   はだしのゲンをひろめる会も参加している反核・平和おりづる市民のつどい実行委員会主催による「ICANノーベル平和賞受賞 おめでとうアクションin金沢」が計画されています。

  今年のノーベル平和賞は、核兵器の廃絶をめざして活動し、核兵器禁止条約の制定に貢献した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)に授与されることが決まりました。

 12月10日にはノルウェー・オスロで授賞式が行われます。この授賞式の日、金沢では「ICANおめでとうアクション」を行います。
 おめでとうの思い、みんなに伝えたい核廃絶の思いをもって、近江町市場エムザ口にご参集ください。

◇講演要旨◇

ヒバクシャ国際署名キャンペーンイベントin金沢

核なき未来はぼくらがつくる!

ヒバクシャ国際署名キャンペーンリーダー         

林田  光弘

 

 10月15日(日)、金沢市松ヶ枝福祉館で「ヒバクシャ国際署名キャンペーンイベントin金沢」が開催されました。最初に今年六月に完成したDVD「この空を見上げて~石川・被爆者たちの証言」の第1部(38分)を上映した後に、長崎出身の被爆三世で国際署名キャンペーンリーダーである林田光弘さんの講演がありました。

   主催は反核・平和おりづる市民のつどい実行委員会。以下は林田さんのお話しの要旨です。

 

           

 二つの画期的な出来事

 この間に二つの画期的な出来事がありました。一つは7月7日に国連で「核兵器禁止条約」が採択されたこと。もう一つはICANがノーベル平和賞を受賞したことです。ICANとは、核兵器禁止条約をつくるために結ばれた世界中の500余の団体のネットワークのことです。ノーベル平和賞というのは政治的な賞で、かつてオバマ大統領が受賞したのも核兵器廃絶に向けての期待を込めてのものでした。この二つの出来事に共通しているのは被爆者の体験がエネルギーになって実現したということです。私は、これらのことを通じてキャンペーンメンバーに対して、次は被爆者に核廃絶を届けるのだという宿題をもらったと受け止めました。

 事態を正確に捉えるために詳しく見ていきます。

 被爆者の四つの概念

 被爆者というのは法的な概念です。特定地域の四つの分類(直爆、入市被爆、介護被爆、胎内被爆)の条件を満たす者となっています。被爆者の数は2017年3月現在で164,621人となっています。1980年がピークで372,264人でした。被爆者であるということで差別されることを恐れて名乗りをしていない人や被爆者手帳をとっていない人がかなりの数います。

 今日までが被爆体験

 被爆体験と言いますが、被爆者にとっては1945年8月6日と9日から今日までが被爆体験であるということです。健康上、精神上、社会的にも大変な体験が今も続いているということです。

 また健康手当など被爆者援護の施策は色々ありますが障害者などと同じ社会福祉の制度です。国家が行った戦争によって被害を被ったことへの「国家補償」ではないということです。それから在外被爆者、台湾や朝鮮半島(特に帰国運動当時はより豊かであった北朝鮮の地域に帰った人の方が多かった)など戦前は日本の植民地であった地域に住んでいるひとが除外されていた事実もあります。更にABCC(放射線影響研究所)の問題があります。被爆者はここに連れていかれてデータだけ取られました。治療をすればデータがとれないから肝心の治療はしてもらえなかったわけです。これらが被爆者体験という事実です。

 核兵器は大量破壊兵器

 核兵器について述べます。効果が一定の対象に限定できないという意味で大量破壊兵器とされています。大量破壊兵器で最大、最悪のものが核兵器ですが、現在の核兵器は広島・長崎で使用されたものの3,300倍の破壊力を持ち、9か国で14,900発保有しています。1970年に発効したNPT体制とは、当時の既保有国5か国を除いて他国の保有を許さないというものでした。5年ごとに再検討会議を開いて効果を検証して来ましたが、その後4か国が条約から離脱し、拡大されてしまいました。そこで2010年に赤十字国際委員会は核兵器の非人道性に着目して総裁声明を出しました。さっきの被爆者の四つの類型のうち「介護被爆者」の存在は、医療者にとっては被爆者の救護に当たって敵であるか味方であるか、勝者か敗者かは関係ありません。この核兵器の非人道性の考え方に基づいて再検討会議の間に国際会議が開かれ核兵器禁止条約に繋がりました。

 何をなすべきか?

 では、何をなすべきかです。日本政府は条約交渉会議に参加しませんでした。採択後も署名しないと表明しました。日本政府は国連総会に毎年「核全廃宣言」を出して多数の賛同を得てきましたが、核兵器禁止条約が採択された今年は世界から相手にされていません。私たちは「核の傘」に向き合うべきです。核保有国とその同盟国の中で、唯一の戦争被爆国である日本政府の動向は重要です。日本政府が橋渡しの役割を本当に果たせば、大きく変わる可能性があります。例えばオバマがやろうとした「核の先制使用はしないという宣言をする」こと、「全ての核実験を禁止すること」など現実的対応を引き出すことも可能です。ヒバクシャ国際署名を推進しましょう。

 署名は対話のためのツールです。日本の署名の到達は5,154,866筆まで来ました。ヒバクシャ国際署名に賛同して署名をした自治体の首長は867あります。全国の自治体数の過半数です。核保有国と我が国を含めた多くの同盟国の参加を求め、核抑止力による安全保障政策を変えさせる運動を一層強めなければなりません。核廃絶を「夢」にしないために。

◎講演会終了後、近江町市場前でヒバクシャ国際署名を呼びかける宣伝行動を20名の参加で行いました。短時間でしたが40筆を超える署名が集まりました。

 

平和のための戦争展実行委員会が開いた「戦争展in江戸川」 (9月17日、18日 タワーホール船堀1階ホール)

出演者・スタッフのみなさん(右から2人目が筆者の浅妻南海江さん)

「歴史の真実を語り継ぐ   戦争展 in 江戸川」に参加して

                  浅妻南海江

 9月17,18日の両日、東京江戸川区のタワーホール船堀で「歴史の真実を語り継ぐ 第17回戦争展 in 江戸川」が開催されました。実行委員会の1団体である江戸川区原爆被災者の会「親江会」が<はだしのゲンを語る>という特別企画をするということで、ひろめる会に参加の依頼がありました。戦争展全体ではDVDの上映や「戦争をめぐる民話」と題して朗読などがありました。

 ゲン関係の企画全体は元ピンクレディなどプロディ―スされていた貫泰夫さんで「久しぶりのプロデュースにわくわくしている」と大変な力の入れようでした。ご自身、広島まで出掛けて中沢先生の思い出の地を巡り、たくさん写真を撮ってこられました。当日は映像をステージの背後で流しながら各々が発言する、という形式で行われました。

 発言者は中沢先生のたった一つ遺された詩「広島 愛の川」の作曲者、山本加津彦さん、広島カープの山本浩二選手の兄で貫さんと同級生の山本宏さん、親江会の方々、それにアラン・グリースンさん(英語版)、坂東弘美さん(中国語版)、浅妻南海江(ロシア語版)が加わり、坂東さんが「中国からの寄贈希望が30近くの大学からあった」と話した時は会場が少しざわつきました。予想外のことだったからだと思われます。

 被爆証言をされた山本宏さんの話をお聞きしながら、中沢先生も東京に出て20年もの間、原爆に背を向けておられたことを思い出していました。みなさん、どんなにか辛く、悔しい思いをされたかを思うと仇やおろそかに被爆証言を聞くことは出来ないと強く感じました。当時を思い出して3巻までしか『はだしのゲン』を読めなかった、ともおっしゃっていました。

 吟じられた「原爆行」は心を打ち、丸木位里さん、俊さんの原爆の図が脳裏に去来しました。

 山本加津彦さんはAKB48や東方神起に楽曲を提供している人気の作曲家です。ここ3年、8月6日に広島の川沿いで子供たちを中心に「広島 愛の川」を大合唱するイヴェントを行っておられます。

 ご自身が作曲を申し出られた山本さんの平和への強い意志の根底には学校で読んだ『はだしのゲン』の影響もあったことを知り、学校の現場で平和を伝え続けるゲンの活躍に感慨深いものがありました。

 最後に広島の川沿いで歌う子供たちの大合唱が映し出されました。

 「広島 愛の川」8月6日川沿い大合唱 公式 Music Video

 https://www.youtube.com/watch?v=vbNyHpGEgr0

 中沢先生の眠っていた詩は先生亡き後、奥様に披露されたことによって世に知られ、山本加津彦さんの作曲によって命が吹き込まれて目を覚まし、加藤登紀子さんに歌われることによって歩きはじめ、川沿いで歌う子供たちの大合唱で今や駆けだしている、と私には感じられます。

 会場からは「昔、子供がゲンを愛読していて言葉が汚いと、学校から呼び出されたことがある」というクスッと笑えるような発言もありました。

 「はだしのゲン」紙芝居CDは壇上でPRする機会があり、持参した10枚のCDは完売でした。翌日の『はだしのゲン』の紙芝居は生憎見ることはできませんでしたが、「もしかして紙芝居の現場でPRすればもっとCD売れたのでは?」といささか残念に思っています。

 今回のイヴェントを通じて、平和団体との横の関係をより太くすることでゲンの活動も広がっていくことを感じた次第です。

(NPO法人はだしのゲンをひろめる会理事長)

はだしのゲン・紙芝居

出版物の紹介


はだしのゲン
『わたしの遺言』
 中沢啓治 著

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