ウクライナでも「はだしのゲン」を翻訳

「北陸中日新聞」2013年12月31日付の報道記事を紹介します。

ウクライナでも「ゲン」の翻訳 非核の願い 被ばく国結ぶ

チェルノブイリ原発事故で被災したウクライナの元教師ニーナ・バシレンコさん(77)が、漫画「はだしのゲン」のウクライナ語訳を進めている。全十巻のうち二巻まで出版された。金沢市の元教師との長年の文通がきっかけで、「ゲン」と出合った。非核の願いが、二つの被ばく国をつないでいる。(中山洋子)

 「世界中の子どもたちがはだしのゲンを読むべきです」

 一九八六年に事故が起こったチェルノブイリ原発から南西七十五キロにあるマカレビッチ村の自宅で、ニーナさんが力を込める。「とても重い物語で恐ろしい。でも、ゲンは心優しいヒーロー」と繰り返す。今夏、日本の学校現場で作品を排除する動きが表面化し、遠く心を痛めてきた。「作者の中沢啓治さんは亡くなったが、分身のゲンは永遠に生き続け、平和の大切さを教えてくれる」と作品の力を強調する。

はだしのゲンは世界約二十カ国で翻訳されている。ニーナさんは二〇〇四年にロシア語版を基に翻訳を始めた。現地の日本ウクライナ文化交流協会の協力で、これまでに一、二巻をそれぞれ四百部ずつ出版、首都キエフの図書館などに寄贈してきた。五巻まで翻訳は終えたが、資金難で出版も遅れがち。ただ、キエフの支援者も「二〇一四年には三巻を出したい」と意欲を燃やす。

 原発事故でニーナさんの村も汚染され、住民や子どもたちは甲状腺の病気や白血病などに苦しんだ。だが、国の支援は後回し。

 事故から五年がたち、「忘れられている」と孤立感を深めていた村に届いたのが、当時、金沢市の小学校教諭だった東滋野(あずましげの)さん(78)と児童からの手紙だった。チェルノブイリの母親や子どもたちと交流したいという。一羽の折り鶴が添えられていた手紙に泣きながらキスした。「八千キロも離れている日本から飛んできてくれた」

 学校間の交流は数年で区切りとなったが、二人の元教師はその後も二十年以上にわたり交流を続けている。「私たちは二人とも母親で教師。言葉も育った環境も違うけれど、子どもたちの幸せが何よりも大事で、世界の平和を守りたいという思いが同じだった」

 文通を翻訳している金沢市の浅妻南海江さんらが〇一年にロシア語版を完成。そのロシア語版を読み、ニーナさんが翻訳を決意した。

東さんも「ニーナさんと文通が始まってから、チェルノブイリの被害をあちこちに伝えてきた。それなのに、日本でまた子どもたちを被ばくさせてしまった。二度とふたたび事故があってはならない」と悔やみ、ニーナさんを応援している。

 

 

はだしのゲン・紙芝居

出版物の紹介


はだしのゲン
『わたしの遺言』
 中沢啓治 著

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