広島訪問記「広島の木に会いにいく」

広島の木に会いに行く

 戦争に負けて80年経ったこの夏、「広島の木」に会いに行ってきた。きっかけは、ちょうど2年前、夫と二人で経営する喫茶店で「はだしのゲンが見たヒロシマ(ダイジェスト版)」の映画上映会を開催する機会を得た時に、この映画を製作された石田優子監督を知ったことだった。上映会に尽力してくれた元同僚に、石田さんが執筆された著書「広島の木に会いにいく」(偕成社)のことを教えてもらった時、私は衝撃を受けた。広島の町は焼け野原になったはずなのに、そんな木が存在していたなんて思いもよらなかったのだ。その時からずっと、原爆をたえた木「被爆樹木」をひと目見たくて、いつかその日が来ないかとぼんやりと願っていた。

 実際、街を歩いてみると、「これが被爆樹木ですよ」と説明してもらわなければ(実際は市の認定を受けた被爆樹木にはプレートがつけられている)戦後広島の街に植樹された木との違いはほとんどなくて、さりげなく街のあちこちに点在している感じだった。もちろん中には、まっ直ぐに立つことができず幹や枝をくねくねとうねらせ、葉も枯れ枯れになっているものもあったが、樹木医や一部の心ある人たちの手によって大切に守られているのが見て取れた。

 そんな被爆樹木を見てまわっているのは、私たち以外はガイドに案内してもらっている外国人ツアー客くらいで、その人たちは木の幹に触れたり写真をパシャパシャ撮影したり楽しそうだった。原爆ドームや平和記念資料館は多くの人でごった返していたけれど、それに比べると被爆樹木を眺めている人は圧倒的に少なかった。

 高層ビルや商業施設が立ち並び原爆ドームがとても小っちゃくなってしまった広島の街。その雑踏の中を忙しなく行き交う人々を見たとき、どれほどの広島市民がそこに被爆樹木があることを思って生活しているのだろうか?と、素朴な疑問を持った。住んでいたらそれが当たり前の風景になってしまうし、そんなことを毎日考えていたら気が重くなってしまうから知らないふりをしているだけなのだろうか。

 戦後、満州や台湾、朝鮮などから引きあげてきた人びと、中国残留孤児の人がたくさん住み着いたと言われる元町にも足を運んだ。当時は不法なバラック小屋がたくさん立ち並んでいたそうだが、その後、町は開発され現在は公営の高層アパートに様変わりしている。ここには広島の被爆樹木の中でも一番背が高いと言われているクスノキがあるのだが、今は高層アパートの方がもっと背が高いので特別目立っているわけではなかった。でも、当時は平屋の建物が立ち並ぶ中にポツンと立っていたわけだから相当際立っていたと思うし、あの原爆をたえてこの場所でずっとこの町の変遷を眺め、そして、それはこれからも続いていくのだと思うと感慨深かった。当時若かった人たちも高齢となり、団地に住む人たちの介護やコミュニティの問題はどんな風なのだろうかなど、いろいろ思いを巡らせながら町を後にした。

 帰りに、美味しいと評判なお店でお好み焼きを買って広島駅に着くと、突然の大雨で試合開始が一時間遅れとなり立ち往生している広島カープファンの集団が目の前に飛び込んできた。その光景を見た時、急に現実社会に引き戻された気持ちになった。

 被爆樹木に会いに行きたいと思っていた夢は叶ったけれど、そもそもなぜ私はそれを見たかったのか?見終わった後もその答えは明確には見つかっていない。ふと、なぜ、今のこの時代を生きていて、自由社会が前提のはずなのに、ある瞬間、こんなに生き苦しさを感じることがあるのだろうか?と、思った。戦前・戦中のようにモノが言えない時代ではないのに、それ以上の恐怖感があるのだろう。私は、空気で人を支配するような今の社会に慄いた。言葉を発することができない被爆樹木は、私たちに何か圧力をかけるわけではなく、ただ、そこに原爆が投下されたという事実を証明するために存在する。私も、被爆樹木のように、今の時代を後世に繋ぐ証人の一人でありたいと願う。

 爆心地ゆえに多くの人が訪れ、経済優先の社会の中で街全体が観光化されていく違和感。被爆樹木の存在を多くの人に知ってもらいたいけれど、観光名所にはなってほしくないという複雑な気持ち。原爆の悲惨さを経験した人がどんどんいなくなっていく中で、何も言わずにただそこに立っていてくれる被爆樹木のことを忘れたくはないし、また必ず訪れたい。でも、その時は、お気楽な気持ちで広島カープの応援もしたいし、美味しいお好み焼きもしっかり食べたいと思うのだった。

おしゃべり café めてみみ  にしざきまなみ

【注記】  標記の広島訪問記「広島の木に会いに行く」が私のところに送られてきました。筆者の了解を得ましたので、本会HPに紹介します。筆者(西崎真奈美さん)は私の元職場の同僚であり、5年前に中途退職して、現在ご夫婦で町屋を改修して喫茶店「おしゃべり cafe めてみみ」(金沢市暁町11-27   電話076-256-0330)を営んでいます。

 2023年夏には漫画「はだしのゲン」連載開始記念事業として、お店で「はだしのゲンが見たヒロシマ」映画上映会等のイベントも開催してもらいました。8月末に広島に行き、Ant-Hiroshimaの渡部久仁子さんに被爆樹木を案内してもらったそうです。その訪問記です。 (はだしのゲンをひろめる会HP担当 神田順一)

 

 

はだしのゲン・紙芝居

出版物の紹介


はだしのゲン
『わたしの遺言』
 中沢啓治 著

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